私は前近代的とも言える1988年から「VC業界」に身を置くようになった。括弧付なのは当時の日本の状況と米国生まれのVCという職業とは大きな乖離があったことを認めざるを得ないからだが、一方でその頃の米国と密接にかかわりベンチャー投資の原型に触れられたことは甚だ幸運であった。スタートアップをめぐる環境は現在では当時と比べられないほど広く一般化したし、投入される資金量も膨大にもなった。でも、日本の不動産バブル崩壊後の「失われた時間」と呼応するかのように、30年以上経った今でさえ、本質的にキャッチアップできているかというと、かなり心許ない状況だと思っている。
私が黒田氏と2016年にInterValley Ventures設立構想を練った際にこだわっていたこと、つまりInvestment Thesisは2つある。一つはThink Different。スタートアップを始めるときと全く同じで、明らかな差別化が必要である。そうかと言って、突飛すぎるとダメだ。それなりに納得感のあるロジックも必要である。そしてもう一つは、日本発スタートアップの国際化にどう貢献出来るか、である。先ずは後者について考えてみたい。
ほんの一昔前まで、国際化に成功した日本のベンチャーと言えばスーパー・カブのHONDAとトランジスタ・ラジオのSONYであった。一体いつの時代か、という言いたくなる戦後から高度成長期の話だが、同時にそれ以降の代表事例がないということもわかる。その後、現在も海外で名前を轟かせているのは言うまでもなく孫さんである。もっとも、ソフトバンク自体は買収を絡ませて事業をどんどん変えてきているから、国際化したスタートアップというカテゴリーで括るのは違和感がある。孫さんが卓越したグローバル経営者であることは疑いの余地はないけれど。
もちろん、楽天だってメルカリだってみんな果敢に攻めているが、いかんせん絶対数が少ないのも事実だ。なぜだろう? 短絡的な理由はいくつか思いつくが、一つ間違いなく言えるのは、この状況は様々な場面で散見され始めた日本の地盤沈下を中長期的に抑制する上で極めて大事な事象なのではないか、という点である。
VCマーケットは国際化したのか?
最近、日本の独立系VC市場に海外の資金がLPとして入ってくるようになったと言われている。これは確かに大きな進歩だろう。古くは私も在籍していたApax Globis Partnersが1999年に組成したファンドがそれに該当するが、正確に言えば合弁解消後からのGlobis単体ファンドがこの先駆けともいえる。いずれにせよ、期待リターン含めて海外マネーの投資基準を満たしたという点も前進だし、資金量を大幅に増やすことに繋がったことも重要な視点だ。ただ、このトレンドはまだここ数年の動きであり、極めて限定的なファンド・マネージャーの話なので、今後の推移に注目しつつ期待したいところである。
しかし、考えてみるとネットバブルの勢いもあった20年程前には外資系VCがこぞって日本に進出していた時期があったのも事実である。 Globisとジョイント・ファンドを展開したApax Partnersもその一つであるし、調べて見たら幸いなことに村口氏率いるNTVPのサイトに当時をうかがい知る貴重なリストがあった。https://ntvp.com/link_10.html
ライバルでもあり、共同投資の仲間でもあり、私にとっては何とも懐かしい名前が多い。因みに同サイトではUTECが「その他VC」として登場しているのも時代を感じさせる。まだ大学系VCというカテゴリーが存在していなかった時代である。
<外資系VCのリスト(2000年代)>
- インテル・キャピタル
- インベスター・グロース・キャピタル・アジア
- ウィットニー&Co.
- ウォーバーグ・ピンカス(ジャパン)リミテッド
- ウォールデン・インターナショナル・ジャパン
- AIGジャパン・パートナーズ
- エイチキューエーピーリサーチ(H&Q Asia Pacific)
- カーライル・グループ(VC Group)
- コンステレーション・ベンチャーズ
- GEエクイティ・ジャパン
- ジェネラル・アトランティック・パートナーズ
- ネットキャピタル
- HSBCホールディングス
- ゴールドマン・サックス証券
- J.P.モルガン
- JOHOキャピタル
- デル・ベンチャーズ・ジャパン
- プルデンシャル生命
- UBSキャピタル・ジャパン
他にもロスチャイルド系等が存在したと記憶しているがここでは網羅することが目的ではない。CVCの先駆けとも言えるインテルを除けば現在はほぼ全てが撤退していると思うが、同時に気づくのがシリコンバレーのVCは後にも先にも日本には来ていないことである。一方、中国には進出事例があるのはご存じの通り。
当時は、ネット革命を受けた世界的なブームでもあったことは事実だが、それ以外にも日本には海外からみたテクノロジーと先駆的なユーザー事例の魅力があった。代表的なのはモバイル・ネット通信である。世界に先駆けたi-modeに始まり、日本のお家芸であったデジカメ技術と融合した写メールなどのユーザー文化醸成なども、明らかに世界をリードしていた。しかしその優位性も2007年登場したiPhoneによるスマホへのパラダイムシフトと、その後のリーマン・ショックによって持続することはなかった。私の認識では、その後は中国の台頭もあり、テクノロジー・スタートアップの領域で日本が世界のベンチマークとなることは無くなったのではないかと思う。もっとも、当時でさえ牽引役はdocomoや機能満載の携帯端末を世に送り出した大手メーカーであり、スタートアップはそのエコシステムの一員でしかなかったと言えなくもないが。
リーマン・ショック後は、少なくともスタートアップが活躍の場を拡げていったのは日本においても事実であるが、米国を中心としたイノベーションの加速度に圧倒され、何とかそのエッセンスを活かして(模倣して)日本に最適化させる形で国内に「閉じた」成功の道を歩んできたのが歴史認識であると言ったら乱暴過ぎるだろうか。そしてそれが、日本のスタートアップの早急な国際化に悲観的にならざるを得ない根本原因になっているのではないかと私は確信するようになった。
PayPalのペイディ買収は新時代の幕開けか?
9月8日に発表された3000億円の買収金額にVCやスタートアップ業界は色めきだった。ようやくユニコーン的価格での取引が日本でも始まったと。間違いなくそれは言えると思う。そもそも日本企業にはスタートアップにそんな値付けをする意志も手段も持ち合わせてないが、海外企業が触手を伸ばすことだって極めて限定的な話しだった。その意味で、この取引はエポックメイキングである。ただし、安易に喜ぶのは早い。一部のメディアも指摘しているが、留意すべき背景がある。
- 現時点ではテック・ジャイアントも金融市場も金余り状態で、日本から見ると大盤振る舞いに写る取引価格が容易く実現可能。
- 米中関係悪化により中国投資が困難になり、相対的に日本の重要性が高まった。
- 先のGoogleが買収したpringの事例と同様に、規制された国内金融サービスで既に獲得しているユーザーベースを一気に手中にいれ、規制対応や日本向けカスタマイズの手間を省けるという、あくまで「ローカル市場進出の時間を買う取引」に過ぎないという見方がある。
もちろん、ペイディの審査機能などユニークな技術への評価もあるとは思う。でも、世界的に展開可能な圧倒的な差別化なのかは現時点でよく分からない。
一方、8月には米国SquareがオーストラリアのAfterPayを290億ドルで買収する事例があった。ペイディと同様な後払い決済のフィンテック企業である。確かに、AfterPayが既に築いた顧客基盤は重要だったと思うが、豪州の人口は日本の5分の一である。5分の一の市場規模に対して10倍の値付けとは、各サービスの市場シェアを勘案したとしても、明らかにペイディとは違った価格算定ロジックだったと思う。恐らく、SquareはAfterPayを世界共通のプラットフォームにしていく戦略なのではないかと考えるのが自然だ。
ローカル市場進出の糸口としての買収を越えて、世界で転用可能な技術や事業モデルへの投資に今後発展していけるのか、日本のスタートアップ市場が試されている。
さて、私達が日本のスタートアップ国際化にどう貢献出来るか。
明治維新以降の「追いつけ追い越せ」や、戦争や自然災害を乗り越えてきたスクラップアンドビルドというこれまでの成長モデルの先に、円熟した日本の新たなスタイルが求められている。陳腐な表現と言われそうだが、私はカギとなるのは”Diversity”だと確信している。その架け橋となるのがInterValleyのミッションであり、命名の由来だ。
(細谷 淳)