先日9月17日に、InterValleyのポートフォリオに新たなテック・スタートアップが加わった。量子暗号技術を開発するQuintessence Labs(QLab)である。スタートアップというには十分過ぎる実績を上げているCanberraに拠点を置く会社だが、我々のファンド組成のタイミングとQLabの資金調達機会がシンクロできたことに幸運を感じざるを得ない。
同社との出会いはInterValleyファンドの姿形もない2014年にまで遡る。当時から黒田氏がオーストラリア政府公認のスタートアップ支援要員であるExpert Networkメンバー(恐らく日本人唯一)だったことが出会いのきっかけだが、ファンドの有無を別としても現在とは二つの点で取り巻く状況が大きく異なる。
一つはグローバルでの技術的進化。量子コンピュータの開発ステージが飛躍的に高まったとされる、グーグルが量子超越性を実証したという発表から早くも2年が経過しようしている。本格的な実用化まではまだまだ時間がかかる見込みだが、暗号技術での応用例は先行して具体化しつつある。
もう一つは、技術的主導権争いを演じる中国の台頭と、米中関係悪化と関連したより高度なサイバーセキュリティの必要性が高まっているという点である。国家レベルでのサイバー攻撃が軍事的緊張にも及び、衛星通信を含めたネットワーク管理の在り方をも変えようとしている。飛躍的に進歩した演算処理能力によって従来の暗号技術が意味をなさなくなるタイミングがすぐそこまで迫っているという危機認識である。これら2つの状況変化が正に”Why now?”という問いかけに対する明快な答えとなったと考えている。
こちらのファンドの設立に時間がかかったこともあり投資の実現まで5年近くを要したわけだが、結果的に最も必要性の高いタイミングで投資をすることになったと思う。技術的チャレンジが高い開発系スタートアップへの投資は、いつもこの投資タイミングの判断が難しく、実際過去にもつらい経験をしている。通常は高い開発難度の割に思っていたほど市場性がなかったり早過ぎたりするケースが多いと思うが、オーストラリアのスタートアップは比較的社歴が長く(QLabは2008年設立)、じっくりと開発時間をかけて飛躍の時期を見定める強みがあるように感じており、それがアメリカや日本に対する大きなアドバンテージであるのは間違いない。
国家安全保障の観点から欧米や中国など各国がしのぎを削る量子暗号通信(QKD)は、日本もNICTを旗振り役に東芝・NEC・NTT・三菱電機などそうそうたる大手企業が開発競争をしている。ハードとソフト双方の領域でブレークスルーが求められるため、世界的に見てもスタートアップが活躍するにはハードルがとても高い分野であるが、そんな技術的に最先端を走るQLabのような貴重な会社がオーストラリアには存在していることも、私の投資家としての好奇心を引き付けて止まないポイントである。
(細谷 淳)